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【掲載情報】

〈2019年〉
・文章 「読者という変化」(角川「短歌」4月号、特集わたしが考える良い歌)
・短歌一首(「短歌研究」4月号、七十一歌人の「平成じぶん歌・三十一首目」)
・第一回笹井宏之賞選考座談会(「ねむらない樹」vol.2)
・文章 「短歌の授業」(「ねむらない樹」vol.2、編集委員の目)
・文章 「石川啄木記念館」(「ねむらない樹」vol.2、文学館めぐり、同行人:岩瀬花恵・越田勇俊)
・文章 横山岩男『千代國一の短歌』書評(角川「短歌」2月号)
・文章 春日いづみ『塩の行進』書評(「水甕」2月号)
・短歌 「作ってくれたもの」15首(「too late」1)
・文章 「本当は全員分書きたかった」(「塔」1月号、十代・二十代歌人特集批評)
・文章 栗木京子『ランプの精』書評(「歌壇」1月号)
・文章 「遺歌集のことなど」(「現代短歌」1月号、心に残ったこの歌集2018)
・文章 辻聡之『あしたの孵化』書評(「うた新聞」1月号)

〈2018年〉
・文章 作品点描1(角川「短歌年鑑」2019年版 ※1年間の作品を振り返る特集内、昭和9年生れまでの歌人の歌を読みました)
・文章 中野冴子『沢瀉の人 雨宮雅子—雨宮雅子を読む』書評(角川「短歌」12月号)
・短歌 「うつくしい」10首(志垣澄幸個人誌「日向通信」第30号)
・文章 松平盟子『真珠時間』書評(「短歌往来」11月号)
・文章 「〈読み〉への理解と共感をめぐって」(「短歌往来」10月号、評論21世紀の視座)
文章 松村由利子「失くした鰭は」評(ウェブサイト「詩客」)
・文章 萩原慎一郎歌集『滑走路』書評(「まひる野」9月号)
・文章 嵯峨直樹歌集『みずからの火』書評(「現代短歌新聞」9月号)
・短歌 「甑島」12首(角川「短歌」9月号)
・角川歌壇の選と選評(角川「短歌」9月号)
・文章 「時間を読む」(「歌壇」9月号、特集短歌の物語性)
・短歌 「初恋」10首(ウェブサイト「詩客」)
・文章 「北原白秋記念館」(「ねむらない樹」vol.1、文学館めぐり、同行人:石井大成・黒川鮪)
・角川歌壇の選と選評(角川「短歌」8月号)
・文章 「体感すべき〈記号〉—ニューウェーブ短歌再考」(「うた新聞」7月号、巻頭評論)
・角川歌壇の選と選評(角川「短歌」7月号)
・短歌 「雪と漫才」30首(「短歌研究」7月号)
・短歌 「思案橋ブルース」12首(「歌壇」7月号)
・文章 石床隆文『琥珀の時間』書評(「現代短歌」7月号、第一歌集ノオト)
・短歌 間取り短歌「どこかで」約70首(「太朗弐號」、川上まなみさんとの共作)
・文章 浦野興治『夏休み物語—昭和篇』書評(「テクネ」No.37 ※小説の書評です)
・短歌 1首(「斎藤茂吉記念歌集」第四十四集)
・文章 「阿波野巧也の「口語」」(「未来山脈」6月号)
・「かりん」四十周年記念座談会に参加(「かりん」40周年記念特集号)
・文章 麻生由美歌集『水神』書評(「現代短歌新聞」5月号、読みましたか?この一冊)
・文章 星野満寿子歌集『西暦三千年の雪』解説、帯文
・文章 千葉聡『短歌は最強アイテムー高校生活の悩みに効きます』書評(「短歌往来」5月号)
・文章 「川野芽生「Lilith」の凄み」(角川「短歌」4月号、特集現代ならではのテーマをどう詠うか)
・文章 石井僚一歌集『死ぬほど好きだから死なねーよ』書評(「短歌研究」4月号)
・文章 「松平盟子という韻律」(「プチ★モンド」創刊100号)
・短歌 「具雑煮」3首(福岡文化連盟会員誌「文化」vol.195)
・短歌 「そういえば」(「あの日のにゃん りたーんず!!」、森本直樹さんとの共作14首)
・文章 「身体感覚とは何か」(「まひる野」2月号、特集身体感覚のこれから)
・選歌 「岩田正の三十首」(「現代短歌」2月号、〈追悼・岩田正〉)
・文章 「「身体」という視点で読む」(「現代短歌」2月号、〈追悼・岩田正〉)
・短歌 「柿」2首+エッセイ(「風」日本歌人クラブ第198号)
文章 「一首鑑賞*日々のクオリア」(砂子屋書房ホームページ、一年間・火木土曜日の連載)

〈2017年〉
・短歌 「精霊流し」10首(「文芸福岡」第6号)
・文章 本多真弓歌集『猫は踏まずに』栞文
短歌 「すごいねえ」10首(ROOMIE、今月のうたと暮らし)
・文章 「歌人は家族を語れるか」(「まひる野」12月号、2017年の特集を振り返る)
・短歌 「ラーメン」5首(「うた新聞」11月号)
・文章 「いてくれること」(「短歌研究」11月号、特集わたしを励ましてくれる、この一冊、この言葉)
・文章 「思い出とともに」(「現代短歌」11月号、特集三冊の本)
・短歌 「挽歌」15首(「たべるのがおそい」vol.4)
・短歌 「川」7首(「フワクタンカ②」)
・文章 川口慈子歌集『世界はこの体一つ分』栞文
・文章 大松達知歌集『ぶどうのことば』書評(「現代短歌新聞」9月号)
・文章 斉藤斎藤歌集『人の道、死ぬと町』書評(「まひる野」9月号)
・文章 中野昭子歌集『窓に寄る』書評(「ポトナム」8月号)
・短歌 「花言葉」(「Re:短歌」、森本直樹との共作8首)
・文章 「鰭のように揺れて」(角川「短歌」8月号、別冊付録「なぜ戦争はなくならないのか」)
・短歌 「赦す」7首(「現代短歌」8月号、特集「テロ等準備罪」を詠む)
・文章 今野寿美『歌ことば100』書評(「うた新聞」7月号)
・短歌 20首(森本直樹とのネットプリント「あの日のにゃん」)
・短歌 「引きかへす」9首、「肺魚」12首、「静かな日々」36首(個人紙「太朗九州①」)
・短歌 「ちぢむ」8首(「福岡歌会(仮)アンソロジー」vol.5)
・短歌 「恋」10首(「文學界」7月号、巻頭表現)
・文章 「〈時代〉と〈個〉の相克」(「まひる野」6月号、特集家族詠のゆくえ)
・文章 「選者を読む」(「短歌研究」6月号、特集詞華集を読む喜び、編むたのしさ)
・文章 「ひかりのうた」(読売新聞朝刊5月15日(月)、歌壇俳壇欄「短歌あれこれ」)
・短歌 「洞田明子」10首(「フワクタンカ①」)
・文章 「青春を詠む」(読売新聞朝刊5月1日(月)、歌壇俳壇欄「短歌あれこれ」)
・文章 「「イクメン」を超えて」(「現代短歌新聞」5月号、視点)
・短歌 「輝けば」7首(東京新聞夕刊4月22日(土)、詩歌への招待)
・文章 川﨑勝信編著『千代國一の風光』書評(「歌壇」5月号)
・文章 「思った以上」(読売新聞朝刊4月17日(月)、歌壇俳壇欄「短歌あれこれ」)
・文章 「幻想の絶景」(読売新聞朝刊4月11日(火)、歌壇俳壇欄「短歌あれこれ」)
・文章 「福岡短歌日記」(西日本新聞朝刊4月8日(土)、随筆喫茶 ※短歌と散文を組み合わせたエッセイです)
・文章 「読者の〈わたし〉の拡大」(日本歌人クラブ「風」第195号、新春競詠「わが輩は○○」寸感)
・文章 「目玉焼き」(「北冬」No.017、わたしの気になる《沖ななも》―。)
・短歌 「乱るれば」12首(「歌壇」4月号)
・文章 「2016年のベスト歌集・歌書」(「短歌往来」3月号、特集)
・短歌 「題詠「赤」「分」など」12首(「かばん」3月号)
・短歌 「あとは」12首(角川「短歌」3月号)
・文章 「方法意識について」(「井泉」1月号、リレー小論私が注目する最近の短歌表現の変化)


〈2016年〉
・文章 「技術」を読むということ(角川「短歌」12月号、特集短歌の「読み」を考える)
・文章 第65回源実朝を偲ぶ仲秋の名月伊豆山歌会記(角川「短歌」12月号)
・文章 大井学歌集『サンクチュアリ』書評(「かりん」11月号)
・文章 歌評(「梧葉」秋号、特集子供をうたった歌―わたしのベスト3―)
・文章 「夏を過ぎても夏の光は」(朝日新聞10月17日(月)、歌壇俳壇欄「うたをよむ」)
・文章 「読者としてのプライド」(「現代短歌」11月号、特集わたしの誌面批評)
・文章 千代國一歌集『暮春』鑑賞(「国民文学」10月号、千代國一生誕百年特集号)
・短歌 「くだつた」5首(「うた新聞」10月号)
・文章 「「短歌」はどういう「詩」か」報告記(「歌壇」10月号)
・座談会 「変化は自然に」(角川「短歌」9月号、特集次の一歩を踏み出すために)
・現代うたのアンソロジー「薬」(「NHK短歌」9月号)
・短歌 「二十時頃」20首(「短歌研究」8月号)
・現代うたのアンソロジー「数」(「NHK短歌」8月号)
・文章 吉田隼人歌集『忘却のための試論』書評(角川「短歌」7月号)
・短歌 「禁ずる」7首+エッセイ(「現代短歌」7月号、特集日本百名山を詠む)
・文章 「伊藤と小池の「読み」から考える」(「短歌往来」7月号、特集『土と人と星』&『思川の岸辺』)
・短歌 「卒業式」13首(「現代短歌新聞」6月号)
・短歌 「当然」12首(「歌壇」6月号)
・文章 「シンポジウムに参加して」(「短歌往来」3月号、今月の視点)
・文章 大口玲子歌集『桜の木にのぼる人』書評(角川「短歌」2月号)
・文章 「吉川との対話は可能か」―吉川宏志の時評の立ち位置(「うた新聞」2月号、特集吉川宏志著『読みと他者』を読む)
・短歌 「先に死ぬ」12首+エッセイ(「短歌往来」1月号、特集若い世代の競詠)

(3月まで「NHK短歌」テキストに「こころ・ことば・からだ」を連載)
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福岡(3泊4日)③

3月25日。9時前にビジネスホテルを出て、ひさしぶりに松屋の朝定食。そのあとすぐ博多バスターミナル地下のヴィドフランスに移動し、12時からのとある打合せの準備。地下鉄で室見に移動して、昼食をいただきながら打合せ。室見川を撮ってインスタのストーリーズに上げた。椎名林檎の「正しい街」が好きで、「百道浜も君も室見川もない」のところは特にすばらしいと思っていたから、福岡に引っ越してはじめて室見川を見たときには「これがあの室見川か!」とやたらと興奮した。百道浜もそう。今日は曇っていて室見川が黒い。ビジネスホテルに戻り、荷物を置いて、またバスターミナルへ。ここのダイソーはたいへん広く、品揃えも豊富。大阪では買えなかったものをすこし買った。そのあとのつちえこさんと天神で夕食。まだ月曜日なのに快く出てきてくれた。ありがたい。梅山鉄平食堂に行った。ブリのあら炊き定食を食べた。とてもおいしかった。こちらも画像を撮ってストーリーズに上げた。何度目かの、インスタが楽しい時期が来ている。その後イムズに移動してお茶。最後までたくさん話をした。もちろん短歌の話が中心。というか自分、ずいぶんがつがつとしゃべってしまった。のつさん付き合ってくれてありがとうございました。

福岡(3泊4日)②

3月24日。午前中に朝日カルチャーで短歌講座。蒔田さくら子と齋藤芳生の歌を取り上げた。蒔田さんとは5年ほど前に角川「短歌」の対談企画ではじめてお会いした。対談するにあたって第一歌集から手元にかき集め、一気にまとめて読んだのだった。それまではアンソロジーに掲載されている歌と『天地眼』だけしか読んでいなかった。一気読みをし、ご本人にお会いして、すっかり大ファンになってしまった。朝日カルチャーでは前々回にもほんの少しだけ蒔田さんの歌を取り上げていたのだが、そこで興味をもってくださったらしく、受講の方々のなかには蒔田さんの歌集を買って教室にもってきている方もいた。うれしいことだった。その歌集についてわいわい話しながら講座を始めた。最近の総合誌に掲載されている蒔田さんの歌には挽歌が目立つ。というか、すべてが挽歌のように思える。蒔田さんにお会いしたいなとここのところずっと思っている。太朗塾では塾生さんのご希望もあって浪江まき子「刻々」を取り上げた。また暑苦しく語ってしまった。僕はずっと「口語/文語」という二項対立をまったく取り除いたところから歌を語りたいと思ってきたけれど、浪江さんの歌を語りながら永井祐や斉藤斎藤や阿波野巧也の話になって、そのなかで、むしろ「口語/文語」と乱暴に二項対立を設定してしまったほうが短歌の文体その他について見えてくるものが多いのかもしれないとふと思った。いや、そんなふうに思うのは僕の思考停止の兆候なのかもしれない。そして飯田有子『林檎貫通式』をまた無性に読みたくなった。太朗塾のあとは、ちょうど歌会帰りの、引っ越しの荷造りを手伝ってくれた九大短歌会の三人にすこしだけ会った。三人ともなぜあんなに機嫌よく接してくれるのだろうとまた思ったし、なぜいつも僕の適当な話をこんなにちゃんと聞いてくれるのだろうと思った。そこに甘えてうっとうしいおっさんになってはいけないなと思った。意識して節度を保とうと思った。保てるのか。保てないと思う。石井くんの「空箱」の話をすることができなかった。夜は博多駅近くのビジネスホテルに泊まった。

見つめる

どうしてそんなに、上からのしかかって勝とうとするのか。無邪気なふりまでしてどうして「あなたは劣っている」と証明しようとするのか。どうして「自分は劣っていない」と証明しようとするのか。そうしなければ支えられない何かがあるのか。その何かに気づいているのか。傷のありかはどこなのか。その傷は何なのか。

だれかにそれをしたくない。だれかにそれをされても、それをそれだと気づかないほどに集中して見るべきものだけを見つめていたい。時間は限られている。見つめるその集中をほどかずにいられますように。

音について

韻律の、音同士の類似や音の連なりの速度による組み立て、あるいはそこにフォーカスする読みは、結局、単音をひとつずつつないだ直線的なメロディーしか生まない。リズムしか生まない。そのような構成のもとの韻律はたいへんわかりやすく、読みにおいて言語化しやすく、だからこそきれい/きたないという評価を呼び込むこともできるが、ついには単調であり、線が細く、また、組み立ての論理が透けて見えているという点において、その論理そのものがノイズにもなりうる。読む者の体感はメロディーやリズムといったものだけでなく、音の重なりによってもつねに刺激されているはず。音の重なりは、重なる、というその密着と多層性によって、おそらく韻律の論理を前景化しない。それは身体による全体的な感受、あるいは直感を求める。音の重なり(和音、と言ってよいのかどうか)とその濃度をこそ聞き分けたい。意識できていないだけの、言語化できていないだけの、身体がおのずと聞いているはずの音の全体。そしてその先にあるだれかの声を聞きたい。

福岡(3泊4日)①

今日からまた福岡。15時前に博多に到着。まず美野島商店街のミノシマアートストリートに行った。何人ものアート作家さんが露店を出していた。ピンバッジやアクセサリー、ポストカードやトートバッグなどを売っていた。とてもにぎやかだった。FLEAMART.にすこし立ち寄った。そのあと南福岡のビジネスホテルにチェックインし、大橋へ。勤務していた学校の、国語科の送別会。胡麻豆腐、ピザ、ブリのしゃぶしゃぶ、いちごのアイスクリームなどなど。二軒目に移って豚平焼きや塩焼きそばなど。たのしい時間をいただいた。

インスタグラムのストーリーズに「今日から福岡」と載せたら「おかえり!」とメッセージをもらった。とても幸せなことだと思った。

住所変更の連絡

先日「まひる野」の先輩から、「まひる野」が返送されてきてしまったらしいよ、と連絡をいただいた。引っ越しのあと住所変更の連絡をしていなかった。あわてて先輩に新住所をお伝えし、「まひる野」の編集人である大下一真さんにもお知らせのハガキを送った。今日、返送されていたぶんの「まひる野」が届いた。再送のお手間をとらせてしまったなあと反省していたのだが、そのすぐあとに、大下さんに送ったハガキが52円のもので、料金が10円足りなかったという連絡をいただいたのだった。さらに迷惑をかけてしまった。引っ越し前に郵便の転送手続きをしてそれで安心していた。反省しきり。

今日はひさしぶりにアーモンドミルクを飲んだ。いっしょにメロンパンを食べた。

人と会いたくなる

天六の商店街を歩いていたら、大阪にいると人と会いたくなるなあ、ということがふと思われた。と言っても、人恋しい、というのとはだいぶちがう。人恋しいというのはさびしさと結びついた気持ちであるはず。そうではなくて、とても明るくすがすがしい気持ちとしてのそれ。人とどんどん交わりたくなる、というか。もちろんこれを大阪という土地の感じとして一般化して言うつもりはないし、それは引っ越しをしたばかりの僕だからこそ抱く思いなのかもしれないけれど、ただ、積極的に人と一緒にいたくなる、かといってさびしいとか誰かを頼りたいとかいうわけではない、わいわい騒ぎたいということでもない、というこの独特の感じはあまり経験したことがない気がする。なんだか自分の気持ちがおもしろい。

バンド

中三の十月一日にバンドを始めた。ギターやアルトサックスをやったりもしたのだが、基本的に僕はボーカル。中三当時、ちょっと分厚い眼鏡をかけてぼさっとして、あか抜けないというのを絵に描いたような感じだったし、自意識過剰の典型でいまふりかえっても恥ずかしいくらいいちいち振る舞いもおかしかったから、いま思えば、なんであんなにおしゃれでなにごとにもセンスのある他のメンバーが僕にボーカルをやらせてくれたのか、まるで理解ができない。いやもしかしてそのあか抜けなさをおもしろがられていたのか。とにかくボーカルだった。高一になってからはメンバー皆でオリジナルの曲をどんどん作るようになり、学校の文化祭だけでなくライブハウスで演奏したりバンドコンテストのようなものに出場したり、なかなかたのしく過ごしていた。夏休みにはメンバーの誰かの別荘で合宿したりもした。生意気な高校生バンド。

ちょっと、振り返り始めたら、膨大な思い出があることに気づいた。きりがない。このバンドの話、すこしずつでもどこかに書いておきたい気持ちになってきた。

最初はいろんな曲をコピーしていたわけだけれども、いちばん初めにコピーしたのはザ・ブルーハーツのTRAIN-TRAINだった。バンドを結成してはじめての練習でスタジオに4時間くらいこもったのだけれども、それしか演奏するものがなくて、その4時間、ひたすらTRAIN-TRAINだけを練習したのだった。今日たぶん十年以上ぶりに聴いた。いろいろなことがちょっと怖くて聴けなかったのだが、不意に聴きたくなった。歌詞をどこまでこういうところに引用してよいものかわからないので歌詞を追いながら書くようなことはしないけれど(したいけど)、ひさびさに聴いてみて、この歌詞の感じに、この歌詞を含めた曲の感じに、僕はかなり影響を受けてしまっているんだなと思った。ちょっとびっくりした。ブルーハーツ的なものは、表面的には自分の歌や散文にはかけらも見えないはずだけれど、原風景のひとつとしてあきらかにこの世界があると思った。なんだかこう、いろんな意味で、ちょっと赤面するくらいだった。くらい、というか、赤面した。怖かった理由のひとつはこれなのだった。

この曲をコピーすることになったのは他のメンバーの希望があったからで、僕はそれまでブルーハーツそのものをほとんど聴いたことがなかったし、この歌詞の世界観とか曲の質感とかはいつまでたってもほかにコピーしたどの曲より自分から遠いところにあるもので、「自分はブルーハーツなんて聴いちゃいけないんだ、理解できるはずがないんだから。これはもっと高尚なもの。歌詞や音楽のことがわかっている人が聴くもの」というような、自己卑下に結びついたタブーのようなものを感じていたのだけれども(こうやって言葉にするといかにもへんな話だ)、これはちょっと、僕のとらえ方が誤っていたようだ。卑下、という自分にとって慣れた、扱いやすい心情を仮定してそれに結び付け、むしろ受け入れやすい理由に単純化してそれを遠ざけていたのだなと思った。

事態はだいぶ違った。だとしたら僕にとってこの歌詞は、そして自己卑下というあり方は、まるでその意義や色合いが変わってしまう。いやほんとうに自分というのはめんどうな存在だ。

誰かとTRAIN-TRAINの話がしたいのだけれども、どうしたものか。

それから今日はひさしぶりに板チョコを買った。ロッテのガーナ。

商店街を歩く

新しい部屋は角部屋で、出窓というのとはちがうけれど東側の壁にふたつ、横40センチ×縦90センチの窓がある。それ用のカーテンがやっと届いて、陽射しやら人の目やらを気にせずにすむようになった。人の目と言っても、自分の部屋は上階にあるし周囲のマンションも離れているから、特に問題はなかったのだけれども。

天神橋筋商店街を六丁目から一丁目まで歩いた。2.6キロ、日本一長い商店街だという。僕はこれからこの商店街で見聞きしたものをしつこく歌にしていくのだろうなと思った。

このブログをなぜ再開したかと言うと、「日々のクオリア」が終わり、解放感いっぱいで「しばらくはもう文章なんて書かないぞ」と決めてほとんど書くことをしていなかったのだが、新年が明けてほんの10日もするとどういうわけか頭に靄がかかったようになってぼんやりと落ち着かず、なんだか体調も思わしくなく、これはどういうことかと最初は自分でもよくわからなかったのだが、もしかしてクオリアのおかげで書くことが心身の一部みたいになってしまって、急に欠落したそれを心身が求めているのではないかといったことを思い、ためしにちょっと書いてみたらみるみる心身が軽くなった、ということがあったから。そして、書くことをたった10日ほどやめていたというだけで、自分の心のありかというか、周囲のものごと・できごと・人々に対する自分の気持ち、本音までぼんやりとしてしまったというのがあって、だからなにか気持ちを書くときは自分の本音をちゃんと探し当てたい、それを見つめた上で正直に書きたい、言葉と本音のズレが極力小さくなるように書きたい、と心がけていたのだが、それがなかなかむずかしい。いや、それがむずかしいのはごくごく当たり前のことで、そのズレのまったくない言葉を書いたり話したりしている人などいないのかもしれないけれど、そして僕はこれまでもズレをズレとして放置したまま書いたり話したりしてきたのかもしれないけれど、でもとにかくそのむずかしさを痛感しながら書いている。書けば書くほど最初に抱いた本音が逃げているな、本音と違うことを書いているな、と思うことが多々あり、逃げている、違うことを書いている、と思いながら書いているうちに、その書いたことのほうが本音のように思えてくる。ブログとして公開する前提で書いているからそうなってしまうというところもあるので、自分だけしか読まない文章もパソコンやノートに書いているのだが、でもこれは書いていても読み返してもまるでたのしくない。

商店街を歩きながら、見返りを求めてはいないけれど搾取されるのはいやだ、ということを思っていた。そして、僕はなにをもって何かを「搾取」などと思うのだろう、と思った。搾取だとか搾取されるのはいやだとか、そういうようなことを思う自分をうっとうしいと思った。よそ見をしていると思った。よそ見は対象を、そして自分自身を濁らせる。

人や自分を優劣でとらえる人や自分からはもういいかげん離れようと思った。でもたぶんもう離れているのだと思った。

明日からまた埼玉と東京。文庫本をどうするかベッドをどうするかがまだ決まらない。以前100円ショップに文庫本収納専用のフタ付きのプラスチックケースが売っていたと思うのだが、それを見つけることができない。