短歌大会に参加します

この9月、2つの短歌大会に選者として参加します。

2016年9月15日(木)
第65回 源実朝を偲ぶ仲秋の名月伊豆山歌会

2016年9月17日(土)
第10回 全日本学生・ジュニア短歌大会
(第37回 全日本短歌大会と同時開催)

背すじを伸ばして、伸ばしきって、参加します。

よろしくお願いいたします。

最近の歌会に提出した歌より

花束のやうに抱へて会ひたさの葉脈さへ産毛さへあたためてしまふ

ゐてくれるだけでいいといふきみの声は夕日のやうに濃かつたけれど

それを下さい

左より三つめのそれ 咲ききるをためらうごときそれを下さい
中野昭子

 中野昭子『躓く家鴨』(1987年)より。

 今日こそは本当に短くまとめたい。

 この歌はそのまま、花屋での発話だと考えればよい。自分からちょっと遠いところにある花を、買おうとしている。

 この歌には非常におかしなところがある。現代短歌文庫の『中野昭子歌集』の中で花山周子さんは次のように指摘している。

「日常から直接台詞を切り抜いてきたような体裁を取りながら、しかも違和感限りない。口語文体に「左より」「咲ききるをためらうごとき」という文語調が差し挟まれているためでもあろうが、「咲ききるをためらうごとき」という内容への比重のかけ方が一首のトーンを歪めている。「ひらきかけの蕾」などとさらっと言えそうなところ、妙な圧力がかかるのだ」(「第一歌集『躓く家鴨』によせて」より)

 そう言って花山さんはそのまま中野昭子論を展開していくのだが、僕はとりあえずこの一首にとどまる。

 僕は最初、その「妙な圧力」を感じとることができなかった。初読では、日常にも発話され得ることばとして違和感なくこれを受け取ってしまった。別の文章で引用する機会があって、この一首をじっと見つめているうちに「なんか変だ」と思い、その違和感を手がかりに言葉の中に分け入ってはじめて、花山さんの言う「妙な圧力」に行きついた。もちろん、「咲ききるをためらうごとき」に詩情があって、そこに発話者の心情(ためらうようなその花への共感なのか、あるいはそれを自分のものにしてしまうところに暴力性があるのか、そのあたりの感受の仕方は読者によって異なるだろうが)を読むことはできたつもりだ。けれども、少なくとも、文体上の違和を感じとることはできなかった。それで、自分はずいぶんと、短歌の「文語口語混交文体」(と安易に言っていいのかはわからないけれども)に慣れてしまっているんだなと思った。自分のそういう「短歌脳」みたいなものが本当に嫌だった。文体に対する感度がかえって低くなっている、というか。

 短く終わらない気がしている。

 で、そのように嫌なんですけれども、文体上の具体的な問題はとりあえず脇に置いて、その上で、この歌が僕にとって不思議なのは、あえて誤解を招く言い方をするけれども、じゃあなぜ内容に関して僕はこれを「短歌的」に読めないのだろうか、ということだった。「それ」とか「ためらうごとき」とかいうふうに、象徴性を呼び込みやすい描き方がされているのに、僕は「それ」を「花」としか読めない。花屋で花を買おうとしている場面にしか思えない。生とか死とか恋とか愛とか、何か〈人間的〉な営みについて「下さい」と言っているとは読めない。つまり、暗喩の一首として読めない、ということだ。「咲く」という動詞は基本的に「花」に対して使われるから、この語が読みの可能性を「花」に限定してしまうのかとも考えたのだが、あるいは、「左より」という空間的位置を示す言葉や「三つ」という数え方が、暗喩としての読みを排してあくまでも具体物へ読者の想像を引き留めているのかとも思ったのだが、そういうふうに、語単位で考えていけばいくほど、むしろ、暗喩の一首として読めるような気がしてくる。「咲く」も「左より」も「三つ」ももちろん、花以外のものについて大いに使用することができるわけだから。

 にもかかわらず、そう読めない。

 短く終わらない。むしろいつもより長い。

 つまり僕はこの一首について、「短歌的」に想像を広げていけないのである。「花屋での場面を借りて人生に直結する箴言的な何かを引き出している一首」「死とか恋とかいったものの何か一般的なありようを示している一首」として読めない。暗喩の一首として読めない。「それ」は花であって、この一首は「花屋」でのやりとりの一部だ、としか思えない。

 と、ここまで考えて、僕はまったく自分の読みに自信がなくなる。暗喩の一首として読める読者もいるんじゃないか。そもそも僕は文体上の「妙な圧力」を感じ取れなかった、ということはそもそも何かを決定的に見落としているんじゃないか、暗喩の読みができないにしても「それ=花」と読まずに、別の具体物を想像する読者もいるんじゃないか、いやそういう読者の方が多いんじゃないか、と自信がなくなる。

 まったく自信がなくなる。読者一般でなく、ごく個人的な読者としての自分しか見えなくなる。この歌の前で孤立するような感覚をおぼえる。

 そしてここで、「それ」が何なのか、わからなくなってしまう。「それ」が「それ」のまま、歌の中で立っている。花でさえなくなってしまう。

行為と〈心〉

ひろへどもひろひつくせぬ父の骨ひろひてゐたり夢の中にて
外塚喬
夢に来し木馬やさしくわれを嘗め木馬になれとはつひに言はざり
山田富士郎

 外塚喬『昊天』(1984年)、山田富士郎『アビー・ロードを夢みて』(1990年)より。

 ブログのこの「読みのこころみ」に書く文章が、たった3回の間にどんどん長くなった。読み返して、われながらしつこい。いちいち細かいことを説明している。でもそういうのを求めて始めたブログじゃない。歌を分析的に読むためだけのブログじゃない。田村について詳細な考察を加えるためのブログでもない。好き放題にやるのだった。適当なことも書くのだった。

 外塚のこの一首から、父との葛藤、あるいは、父に対して遂げることのできなかった思いとその強さを読み取ることは難しくないはずだ。山田のこの一首は、僕が短歌を始めた頃に出会った大好きな歌で、やさしく寄り添われているはずなのに、結局は異種としてしか交わることのできない木馬の存在が、異様で悲しい。「木馬の舌って、木だよな。そんなのでなめられたら痛いよな」などと細部を想像して、身体的な痛みとともに記憶している歌だ。

 こういった歌を読むとき、父に対する葛藤があったからこのような夢を見た、他者との断絶、孤独を感じているからこのような夢を見た、というふうに主体の〈内面〉を想像したくなる。でも、実際はどうなんだろうか。このような夢を見てしまった結果、自分のそういう〈内面〉が形成された、ということもあるのではないか。それは「歌にしてみて初めて、自分がそのとき何を考えていたか、どう感じていたかがわかることがある。歌によって自分の気持ちを事後的に知ることがある」といった話ではない。そういう話ではなくて、まったくのゼロから、たまたま「その夢を見てしまった」ということによって作り上げられる気持ちや人生の物語があるのではないか、ということだ。いや、もちろん、専門家から「夢って、意識であれ無意識であれ、〈内面〉と呼ばれるものに根差すものだから、そんなことはありえない」と言われたらそれまでなのだが、今僕はそういうことが言いたいのでもない。とにかく上に挙げた2首をとおして、「行為が〈心〉をつくる」ということについて考えたのである。

 行為が〈心〉をつくる、行動が気持ちをつくる……この捉え方、実はもう決して珍しいものではない。(素人だから下手なことは言えないが、心理分野の認知行動療法などは、そのような考え方もベースに敷いているはず。)
 でもたぶん僕はそれを、日常生活のなかでは忘れている。気持ちや動機がまず初めにあって、それに沿う形で行動が生じるのだと思い込んでいる。何の気持ちも動機もない行為があって、そこから〈心〉が作り出されるなんてことは、信じていない。そしてその思い込んだ地点から、ものごとを理解しようとしている。ほとんど反射的にそうしている。
 そしてそれは、歌を読むとき特に、強固な規範として作用している気がする。場合によってはそれを「バイアス」と呼んでしまっても良いかもしれない。
 歌に〈人間〉を読むとか〈内面〉を読むとかいったこととはまったく別の、コトバに即した技術的な批評や鑑賞、コトバや短歌の生理そのものを考察するような批評や鑑賞は、ずいぶんと増えているように思うけれど、そういった批評や鑑賞においてさえ、その裏の、奥のほうにある、ニンゲン一般に対する根本的な捉え方は、行為と〈心〉の関係ひとつとってみても、どうもあまり変わっていないのではないかとふと思ったりするのである。……いや実は、瀬戸夏子歌集『かわいい海とかわいくない海 end. 』について考えているときに、そう思いついたわけだが。

「じゃあその行為や〈心〉を短歌に成形する「言葉」ってそもそも何だよ」という話にもなるのだが、話がでかすぎる。

 適当なことを言った。結局長くなった。

剝がれなくたつていい

花びらを上唇にくつつけて一生剝がれなくたつていい
田村元

 田村元歌集『北二十二条西七丁目』より。2002年第13回歌壇賞受賞作「上唇に花びらを」の一首でもある。

 田村はかつて僕の第一歌集についてこんなふうに書いていた。そこには「読み終えた後、しばらく茫然としてしまい、これはどうしたものかと考えたあげく、変なライバル意識は捨てて、染野太朗のファンになることにしたのである」などとあったけれど、それに対して僕は、ふざけるなよ、と思っていた。ライバル意識というか、とにかく悔しいなあと思ったのはこっちが先で、いや、悔しいを通り越して「同い年にはすごい奴がいるんだなあ」と、それこそ茫然としたのである。自分にはとても作れそうもないその歌壇賞受賞作を、早稲田大学の図書館で何日かにわたって何度も何度も読み返したのを覚えている。

 自分にはとても作れそうもない、というのは、もちろんまず歌の技術面を指しているのだが、それ以上に驚いたのは、ナマのままで提示されたナルシシズムや「過剰」についてだった。例えば〈青春は干草まみれだつたさと嘘ついてfar east of Eden〉〈空よりも山が暗いよ この歳になつて故郷の呪縛もないさ〉〈春怒涛とどろく海へ迫り出せり半島のごときわれの〈過剰〉が〉といった歌。英語や「~さ」という口調、「春怒涛」「海」「半島」といった大きなものと対比される「〈過剰〉」に、僕はびっくりした。こんなに大げさな表現をして恥ずかしくないのだろうか、と思った。…こう書くとなんだか貶めているようだけれども、そうではなくて、短歌というのは、2002年の今でも、これくらいのことをしてビクともしない形式なのかと、むしろ短歌の持つ妙な底知れなさみたいなものを意識したのだった。そして、自分自身が抱えていた「過剰」に思いが及び、それをまっすぐに表現することのできない自分を恥ずかしく思った。過剰さがそのまま武器になるとは思っていなかった。過剰さにおいて僕は田村の歌に及ばないと思った。過剰ならばそれと堂々と向き合えばいいじゃないか、それをそのまま表現すればいいじゃないか、と田村の歌は読むたびに僕に語りかけた。

 ずいぶんと青臭い、わけのわからない話になった。「語りかけた」、とか恥ずかしい。まあいいです、ブログなので。

 さて、花びらを、の歌。「一生剝がれなくたつていい」はきっと矜持なのだろうが、でも開き直りのようで、諦めのようで、そして怒りさえ透けて見えるようで、僕は混乱する。「たつていい」における心情が定まらない。上唇に花びらをくっつけて、ちょっと滑稽なありようで身体をそこに提示している主体は、下句においては身体を消して、心情だけになってしまって、しかもその心情は多重の意味を持つから、どこか、心が拡散している、あるべき空間からしみだしている、というように僕には見える。いや、そもそも上句には、上唇しか見えない。身体のすべては見えない。上唇だけになってしまった何者かが、矜持や諦念や怒りといった感情を先立てている。いや、それらを先立てているから、身体は上唇しか意識されないのか。過剰な自意識を抱えた者が、観念を先立てている者が、つまり青春性のまっただ中にある者が、身体を置き去りにしてしまうことはよくある。

 あの頃の田村の歌は僕にとって、青春歌としてやけにリアルなものだった。
 しかし上に述べたような「過剰」を、僕はその後の田村の歌から見出すことができないでいる。一生、なんて言っていたくせに、完全に剝がれているじゃないか。今、田村の歌(や文章)の過剰さと言えば「酒」くらいだ。田村の歌は酒、酒、酒、ってうるさい。

 あの「過剰」はどこに行ってしまったんだろうか。年を重ねるとか大人になるとかいったことと、「過剰」が消えていくということは、ちょっと違うことのように思うのだが。本当に酒と入れ替わってしまったんだろうか。

 わけのわからない話になった。

つなぐ手の

つなぐ手の汗も愛、つてことにして たぶんきみは雨の日に生まれた
吉田隼人

 吉田隼人歌集『忘却のための試論』より。

 手をつなぐときに緊張してしまって、自分は手に汗をかいてしまう。でもそれは愛ゆえなのだ、ということにする。愛があるからこそ過剰に意識してしまうのだ。そのように濡れている自分の手から、連想は雨に及ぶ。きみはたぶん雨の日に生まれたのだ、と直感する。きみが引き連れている雨によって、この手が濡れているのだ。

 という感じに解釈してみて、君の生まれた日にまで遡ってしまう発想がいかにも恋だなあ、というふうにも言っておきたくなる。

「つなぐ手の汗も愛」はあたかも一般論のようにひびくのだが、「、つてことにして」によってそれは、絶対的なものでない、相対化された個人の声に回収される。「、」によるかるい切断が、その二段構えを可能にする。次の一字空けは、下句への踏切板のようになっていて、きみが雨の日に生まれたことによって自分の手が濡れているという、唐突に見出される詩情を十分に活かす。きみが生まれた日にまで時空を越えて遡る、その飛躍を受け止める一字空け。そして下句の破調は、上句と対比したとき、ちょっと早口でトーンの質が異なる。しっとりとした、しかも俯瞰に立った詩情が浮きあがる。上句から下句への転調をもこの一字空けは準備する。また、「、つてことにして」というかろやかなフレーズを呼び出す余裕があるからこそ、主体は緊張に溺れず、下句のゆたかな詩情に至ったのだ、といったことも考えることができるかもしれない。
それから、一首全体に「ア」の音が目立つのだが、だから明るいとか開放的とか、そういうことは安易に言えない気がする。そのあたりもちょっとおもしろい一首だと思う。

 と、こじつけのようにしつこく構造を読んでおいてアレだが、でもこの恋の歌について、僕の興味はすこし違うところにある。

 僕は最初に「手をつなぐときに緊張してしまって、自分は手に汗をかいてしまう」と記したが、これ、そもそも自分の手なんだろうか。きみの手、とは読めないだろうか。きみの手の汗がそのまま、きみが生まれた日の雨、という読み方。結果的に自分の手も濡れるのだろうが、そもそも汗をかいていたのはきみ、という読み方である。

 この「手」は主体の手でもきみの手でもあるように、僕には見える。「ふたりのひとつの手」が見える、とでも言えばよいだろうか、明らかに別々の手がつながれているはずなのに、ことばとしてあらわれたときのそれは、両者を区別できない。ひとつでもある。あるいは、読者として読み返すたびに、主体と「きみ」との間で反転をくりかえす手、というような。
 この歌の「手」には、恋愛におけるそういった、自他の区別がなくなるというか、それを求めてしまうような心情にも寄り添う、不思議な魅力があるように思うのだ。

公開講座「中原中也の短歌」

7月20日(水)、
現代歌人協会の公開講座「中原中也の短歌」に、パネリストとして参加します。

東直子さんのミニ講演のあと、東さん、司会の笹公人さんとともに、パネルディスカッションをする予定です。

中原中也か…なんで僕なんだろう……とずっと思っていたのですが、つい3日前、ああ、自分の歌に中也の「ゆあーん ゆよーん」を引用したものがあるな、と思い出しました。もしかしたらそのご縁です。ありがたいことです。

よろしくお願いいたします。

祈るとは

祈るとは立ち止まること明日われがなくても回る地球の上に
武田穂佳

 2015年度NHK短歌の投稿歌。題は「祈る」。昨年、武田さんはまだ高校3年生だった。

「祈るとは立ち止まること」。どういうことだろうか。よく考えてみるといまいちわからない。わからないのだが、これだけでも妙な説得力がある。「〇〇とは~こと」という格言のような断言にはインパクトがあるし、目をつむってじっと祈る姿は「立ち止まる」という形容を無理なく受け入れる。だからすぐに僕は「たしかに、祈るって立ち止まることだよなあ」となんとなく思ってしまった。そして三句目以降。「明日」という語はつまり未来を指すわけだが、そこに「われ」が「ない」ことを仮定している。「いない」ではなく「ない」。自分がモノ化している。自分を卑下しているかのような措辞だ。その直後、視野は一気に「地球」へと広がる。視線が駆け上がる。あまりの唐突さに、イメージが追いつかない。なんだかとても小さいサイズの地球のような気もしてくる。卓上の地球儀のような。概念と具体の中間地点にあるかのような「地球」。

 地球よりも、モノと化した「われ」のほうが、よほど大きいような気がしてくる。

 実はいまだに、この一首の読みを確定できていない。「立ち止まる」が表すはずの感情や意思が、はっきりしないのだ。自分なんていなくても〈よのなか〉はうごいていくけれども、そこになんとか抵抗したい、それでも祈らずにいられない、という強い気持ちなのか、それとも、自分がいくら意志をもって何かを実現しよう、得ようとしても、そもそもそれは取るに足りないことなのだ、と諦めているのか。「~こと」という二句切れの潔さや簡潔な調べに導かれて、僕は前者の読みをしたくなるけれど、確証はない。

 と、ここまで読んで、ああ、どっちもなのだろうな、と思う。この歌は強い意志と諦めを、同時に読者に手渡すことができる歌なのだ。矛盾を矛盾なく成立させる歌なのだ。「立ち止まること」という断言は、断言でありながら、そこに自信のなさも断念も滲ませている。いや、矛盾、ってつまり理屈や概念であって、具体的な現実のレベルで考えれば、そんなものはこの世に存在しないんじゃないか、なんてことまで考えたくなる。

 そしてここで、この歌の「祈る」は、単なる神頼みとはまったく異質のものとなる。それは、「明日」という現実や自分自身を明確に捉えるための、立派な〈行動〉なのかもしれない。この一首そのものがまさに祈りなのだ……と言ったらできすぎなのだろうけれども。

「まひる野」2016年7月号より


   信じる

飛行機はかたちくづれず飛ぶものを希望のごとくにしばしあふぎつ

曇り日のおほきな池にふとりたる鯉あまたをり水面(みなも)みださず

とほくから人を思つて泣くことの恥づかしき春はなも終はつて

逢ひたさを磨くやうなる雨であるCD返しに行く裏路地は

言ふべきを言はず言はざるべきを言ひおやすみを言ひ電話切りたる

信じる、といふ決心にこの午後を明るみていくこころさへあり

はじめに

ブログをはじめました。
「21日記」は、にーいちにっき、と読みます。僕が生まれた日が21日だった、というだけです。

でも11日にはじめました。

短歌の話を中心に、自由に記せたらいいなと思います。更新は不定期です。

どうぞよろしくお願いします。

(2016年7月11日)